潮風が吹き付けるたび、デッキテラス席に広げられた日除け、
ちょっと粋な店に合わせてだろう、麻袋のようなドンゴロス地の幌が
はたはたとたなびくのが涼し気だったが、
時折強い風が吹くため、そのたびに引き絞られてしなうほどよれる。
そういえば台風が近いとニュースで聞いたような気もするが、
そのような自然現象相手には“来るものはしょうがない”という感覚になっており。
随分と古いが頑丈な社員寮がふっ飛ばされるやもしれぬとかいった案じも浮かばず、
其れよりも不意に足元に触れた柔らかな感触へギョッとし、
腰かけていた椅子を引いてテーブルの下を見やれば、
いつの間にもぐりこんだやら、ちょっとスリムなキジトラの猫が一匹、
こちらの足へ身を摺り寄せていたのを見つけ、
なぁんだと胸を撫で下ろす。
自分の身へ降りたる異能のせいか、そう頻繁ではないながら敦は猫や犬に懐かれやすく、
今も、ちちちっと短く舌を鳴らし、痩躯を折り曲げまでして手を伸べれば、
若い猫はこちらを見上げてなぁうと甘えるように長鳴きし。
かといって何かねだるつもりもなかったようで、
小さな頭を敦のふくらはぎへゆっくり擦り付けてから、
演技の終わったプリマドンナのように、ちょっと勿体をつけ、
細い背条から順番に尻尾の先まで、くりくりりんとしならせると、
ゆったりとテーブル下から去ってゆく。
「可愛いなぁ、ここの子かな。」
雨ざらしになっていい風格の出た濃い灰色の板張りのデッキテラスには、
自分たちしか客はいない。
平日だということもあるし、
この蒸し暑い中、外に出てくる物好きはそうはいないのだろう。
そんなせいもあって、あまり声をひそめなかった敦へ、
向かい合う相棒がちょっとばかり眉をひそめたのは、
「人虎、もしかして今のようなネコへの愛想、
中原さんの前でも見せたことがあるのか?」
ふと、思い出したことが、それもやや不穏なことがあったからであるらしく。
どちらかといや精悍というよりまだまだ線の細い印象を顔容へも及ばせての、
どこか妖冶な整いようをしている精緻な風貌、
やや陰らせた相棒の芥川の言いようへ、
「えっと、あると思うけど…。」
今のように擦り寄って来るのを構い立てするのなんて、
特に隠し立てするようなことでなしと思うのか、
こちらは何へ気遣いも要らぬそれは甘い甘い童顔に
宝石のような不思議な色合いの瞳を据えたまま、
かくりと小首を傾げながら 無邪気なまでにあっけらかんと応じれば、
「そうか、それでだな。」
あんまり僥倖ではないことへの思い当たりか、
黒の青年は はぁあと深々とした吐息をついた。
「何だよ、それ。」
これ見よがしな態度にはさすがに気づき、
椅子に座りなおしつつ、すっぱり言ってよと細い眉を寄せたれば、
「何だじゃあない。」
ただの厭味なんかじゃあないぞとばかり、
運ばれて来て間のない珈琲へと口を付ける彼で。
意識せずとも品のある所作なのへ“カッコいいな”と見惚れておれば、
「中原さんが任務中にそれを思い出したらしくて、
微妙に機嫌を悪くしたことがあったのだ。」
「…え? 何それ。」
うっかり聞き流す処だったが、
任務中とかそれってよくないじゃないのよと我に返ってギョッとする。
ここまでのほほんとしていた敦がようやっと驚いたことへ一応は気が晴れたか、
まだまだ薄い肩を安堵と共に萎えさせて、
「いつだったか、平定を命じられた小ぶりな組織と相対した折、
相手方にネコやカラスを操る異能者が居たのだ。」
索敵にと何とも自然にこちらの眼前をすり抜けたり、
やたらと猫がうようよいた現場で、ちらっと機嫌が悪くなった中也だったようで、
「どんなに規模の小さな討伐でも、
荒事の最中に集中が途切れるというのはよろしくない。」
「だよね。」
単なるスポーツや十代の少年同士の殴り合いなんかじゃあない。
彼らの場合、殲滅という“殺し合い”であることが定番で、
相手にしてみりゃあ後がないのだ、どんなに必死で歯向かってくるやら。
なので、どれほど実力差があろうと油断は禁物だというに、
「舌打ちして八つ当たり気味な顔になった瞬間があったのが
引っ掛かっていたのだが。」
「ちょっと待って、ボクはそんな顔の中也さんを見たことないんですけど。」
こちらはアイスティーを味わっていた虎の子くん、
自分のうっかりが任務へのよくない影響を齎してたというお話へは
殊勝にも肩をすぼめて耳を傾けていたものの、
「中也さんのそういう微妙な顔とか態度とか仕事中に拾ってる芥川って、
役得すぎてムッとするんですけど。」
ともすれば見当違いかもしれないが、それでも不満は不満だと、
言いたいように言い返せば、
「愚者め。
彼の人が大切な貴様へそのような顔なぞ見せるはずがなかろうよ。」
黒の青年もたじろぎもせずにしれっと言い返し、
「どのような窮地にあっても泰然としていて頼もしい彼の人を、
唯一揺さぶる特別な存在だという自覚を持てと言っている。」
「う…。//////」
単なる身内への贔屓目なんかじゃあなく、
ましてや敦へのこき下ろし半分な苦言でもなく。
自分が認めるお人の、その視野の中の至高であることを認めていればこその言いようへ、
うあ、そう来るかと恥ずかしくなって言葉に詰まったものの、
「それ、こっちからも返すから。」
クラッシュアイスに程よく冷やされた、
この店自慢のフレーバーティーで気持ちを落ち着け、
ちろんと上目遣いになって敦が口にしたのが、
「太宰さんだって、
キミのことどんなに可愛いかってやたら自慢して止まらないんだよ?」
「………え?」
しかもボクしか話す相手がいないことだからか、
こんな反応したのだよ聞いてと、
目をウルウルさせて教えてくれるのが本当にもうもうキリがないんだと。
それが迷惑だというかといやそうではないらしく、
「例えば一昨日、煮魚の骨を喉に引っかけたんだってね。」
「…ああ。」
骨といってもイワシの骨だ。
中也から教わった圧力鍋を使った飴煮という調理だったので、
背骨だってそのまま食べられちゃうやわらかさで。
上手に出来たねと褒めてくださったものの、
ひょんな拍子で喉のどこかへ引っ掛かったのか、
いざいざすると喉を押さえた太宰だったのへ、
「そりゃあおどおどと心配してくれて、
胸の前で指を組んで祈るような顔になって涙目でハラハラしてたって。
それが本当に可愛かったって。」
ああもう、思い出すだけで口元にしまりが無くなるのが困りものでネと、
そりゃあ幸せそうな様子なのはいいとして。
「っ、そこはいいのか?」
「決まってるでしょう?」
何言ってるかなと、何故だか不機嫌そうにねめつけて来た白虎の少年、
そのままちょっぴり不貞腐れるように続けたのが、
「そんな可愛いお顔って、僕には見せてくれないじゃないか、芥川。」
「………☆」
見せられるはずがないだろうが、
なんでだよ何で?
だからだな、貴様は僕には好敵手で、
嘘、最近は庇ってばっかじゃないか、甘やかし対象なんだろう?
そ、そうと判っているなら尚更だ。
ずーるーいーっ、僕だって甘やかす側したいっ!
誰がそのような立場をやすやすと許すかっ☆
中也さんのことも甘やかしてるんだろ? 芥川ばっかり不公平っ。
だから…っ
「なに、この子たち。何をどう揉めてるの?」
周囲に人影がないのをいいことに、
何だか珍妙なところを揉めているらしいやり取りへ。
かぅあいい〜っvvとにやにやが止まらぬ太宰と向き合い、
「〜〜〜〜〜。//////」
そちらは真っ赤になったまま、口許をうにむにと歪め、
早くスイッチ切っちまえとばかり、
盗聴器の受信機を奪おうと躍起になっている、帽子の似合う誰か様だったりし、
………あああ、終わらせ方が行方不明だ。(笑)
〜Fine〜 17.08.05.
*妙なお話ですいません。
でも、ウチの新双黒のふたり、
素でこういう会話して居かねないなぁとふと思ったもので。
唯一の常識人な中也さんが大変そうです。(笑)

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